教員をやめるのを踏みとどまりそうになるタイミング

人生・生き方

「学級経営がうまくいかない!もうやめてやる!」

「こんなに仕事が多くて勤務時間が長い職場やってられないよ。」

「頼りにならない管理職ばかり。もうやめたい。」

「家庭と仕事の両立は体力的・精神的に難しい・・・。」

普段からこんなことを思っている私ですが、教員をやめるのを踏みとどまりそうになりタイミングがあります。それは、「卒業式で卒業生を見送るとき」です。

なぜ「卒業式で卒業生を見送るタイミング」で教員をやめるのを踏みとどまりそうになるのかを少しお話させてください。

卒業式で卒業生を見送るとき、なぜ教員をやめるのを踏みとどまりそうになるのか

子どものハレの姿を見ると感動する。

私は今年度6年生の担任をしていました。

6年生と過ごす1年間はいろいろなことがあります。

「担任である私と子どもとの関係を良好に築けるようにがんばったけどうまくいかなかったこと」

「子どもが思い通りに動かず怒りに震えたこと」

「校外学習で調子に乗って取り乱す子どもたち。学校に帰ったあと、大説教をくらわしたこと」

などネガティブな思い出もよみがえってきますが、何よりも

「この子達と過ごすのは今日で最後なんだな。なんだかんだあったけど楽しかったな。」

最終的にこの思いが多くの割合を占めてくるのが、卒業式の門出を見送る担任の気持ちです。

ちょうどこの記事を書いている1日前が卒業式当日でした。

卒業式前日の夜に卒業生に対するメッセージを黒板に書きました。

黒板にメッセージを書き終えそうになった頃、自分の目から涙が・・・。笑

なぜ涙が出るのか考えてみました。思い浮かんだのは主に2点です。

①「1年間自分は6年生の担任としてのプレッシャーを感じながらがんばったなあ」という自分への労いの気持ち

私は1〜6年生どの学年も担任をしたことがありますが、圧倒的に同僚の職員や子どもたち、保護者からの期待やプレッシャーが大きいのが6年担任です。(その次は1年担任だと思います。)

他の学年を受け持ったときよりも他者からの称賛の声も大きく聞こえれば、批判の声も多く聞こえてきます。そんななかで1年間担任としてがんばってきた自分はえらいぞ!という気持ち。でも、この気持ちは多少あるかなというくらい。

②「子どもたちや同僚の先生たちのおかげで1年間がんばることができたなあ」という感謝の気持ち

強く感じたのはこの気持ちです。

今年は長女の幼稚園入学にあたり、私が幼稚園の通園バスが来る場所まで送る担当になりました。だから朝早く学校に着いて仕事をすることは基本的にできませんでした。

さぬー
さぬー

今年は家族も仕事も両立してワークライフバランスを心がけるぞ!

という私の目標により、定時退勤をする日が多く、仕事は最低限するくらい。授業の準備があまりできておらず、授業が始まってから教科書を開き、授業を即座に考えることも多々ありました。(もちろんそのときの授業のクオリティは最悪です。)

そんな私を暖かく見守ってくれたのが6年生の子どもたちでした。とりとめのない私の話やグダグダな授業もニコニコしながら座って聞いてくれ、休み時間には私の周りに集まって話しかけにきてくれました。そんな子どもたちに私がよく話していたのは、

さぬー
さぬー

先生が仕事ができるのはあなたたちのおかげだよ。ありがとう。

そんな気持ちが黒板を書いている時に一気にあふれてきたのかなと思います。

感動の涙を流せる仕事は他にあるのか

教員をやめることを考えている私ですが、卒業式を終えた後に考えたこと

さぬー
さぬー

教員以外の仕事で、感動の涙を流せる仕事はあるのか・・・?

どの仕事も人が関わっています。しかし、教員という仕事以上に人に関わり、成長を見届けることができる仕事はないのではないかと感じています。(他の仕事をしたことはないですが・・・)

教員をやめて転職した私の知人が口を揃えて言うのが

教員をやめた<br>知人
教員をやめた
知人

やっぱり教員の仕事はやりがいがあるよ。

ということです。働き方さえ整えてくれれば(もっと言えば給与面も・・・)こんな良い仕事はないと私も思っています。

まとめ

私が尊敬しているYoutuberの方がこう言っていました。

仕事をするうえで大切なことは「他者貢献」である

働き方の面で考えるとまだまだブラックな部分が多い教員の仕事ですが、「他者貢献」できる仕事であることは間違いないなと改めて感じています。これから1年間

「自分はどんなことをすれば他者に貢献することができるのか。」

を考えながら過ごしていきたいなと思います。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

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